三姉妹。たまに、わたし。

小学1年生、年中さん、3歳児の三姉妹との日々を記録。

三姉妹。入院。

これは数年前の話ですが、忘れないように記録します。

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さーたんが3歳のころ(年少さん)、

また喘息が始まり、夜中になると咳がひどくなり、眠れない日が続いた。

しばらくすると高熱、嘔吐を繰り返した。食事すると吐くから食べず、顔色も悪い。私は何が出来るんだろうか。

病院へ行っても薬だけがでて、

こんなにも苦しんでいるのに、

入院はさせてもらえなかった。

1週間くらい過ぎると、2歳のあーたんも咳がひどくなり、高熱をだした。

2人を連れて病院へ行ったり、嘔吐が激しいさーたんの服、シーツの洗濯、床の消毒。

三女の授乳で、いっぱいいっぱいだった。

 

、、、そういえば、三女があまり泣かなくなったなぁ。お腹すいてる時間だよね??

と気付き、検温。

 

39.6度。

 

まだ三か月のゆーたんが、夜中に高熱を出した。

血の気が引いた。

 

朝、義母さんが来てくれたので、ゆーたんと二人で出産した病院へ。

大きな病院は、長時間待つ可能性が高いので、具合の悪い長女と次女はお留守番。

 

ゆーたんが診察室に入ると、なんだかバタバタと、先生がゆーたんの様子をチェック。

すぐに、

 

「入院ですね。。」

 

私は、思考回路が停止し、情けないことに、涙がボロボロとでた。

あんなにひどい状態のさーたんが入院できないのに、ゆーたんが入院っていうことは、

相当悪いんだ。死んでしまうのかもしれない。。。

先生に、ゆーたんの症状を説明するときに、

長女と次女が高熱と咳がひどい話をした。

すると先生が、二人も見てあげるから連れてきて。と、言ってくれた。

 

義母さんに連絡すると、二人をタクシーで連れてきてくれた。

 

診察するまでに、けっこう時間がかかり、

待っている間にも、咳が酷くなり二人ともげっそり。

やっと診察室によばれ、色々と検査した後。

 

「2人とも酷いから、入院しよっか。」

 

先生が少し明るく言ってくれた。

わたしは、疲労と安心で、また少し泣きそうになった。

 

 

 

が、ここからが、さらにキツかった。。。。

 

三姉妹同じ病室で、私も泊まり込みでの入院。

長い診察などが終わり病室に行った時には、19時。

点滴や注射をする為、病室近くにある処置室に連れていかれ、

子供たちの「ぎゃあ~~~!!!!おかあさーん!!たすけてーー!!」という、

悲鳴が響きわたった。

 

2人は点滴が取れないように、腕に包帯をぐるぐる巻いて、

点滴棒を引き連れて処置室からでてきた。。

 

ゆーたんには、点滴の他にも大きな装置が繋がれていた。

鼻にもチューブがつけられていた。

ずっとぐったりしていたゆーたんを病室のベットに置くと、

 

おぎゃぁああああ~!!

きやややや~!!!

っき~~~~!!!!

 

今まで聞いたことのない悲鳴に近い声で泣き喚いた。

 

すると、隣のベッドにいた2人も、ギャン泣きしだした。

 

それはそれは、3人ともすごい泣き方だった。。。。。

 

 

義母さんは、落ち着いたら帰る予定だったけれど、

一緒に泊まってくれた。

ゆーたんを一晩中抱っこしてくれた義母さん。

私は、さーたん、ゆーたんのベッドの隣を交互に行き来した。

 

ゆーたんは、ベッドにおくと、ものすごい声で泣いた。

長女、次女は泣きつかれて、深夜には寝たけれど、

少し寝ると「ぎゃ~~!!」と叫んで起き、また泣きつかれて寝て。。。

また泣きながら起きるの繰り返しだった。

 

義母さんがいなければ、本当に悲惨な状態だった。

明るい義母さん、一緒にいてくれて本当にありがとうございました。

 

子育ては、頑張っても頑張っても、いつも何か足りなくて、できなくて。

自分の無力さを痛感。。。

そして、周りの方々に助けられ、少しずつ成長していくのかなぁ。。。

 

追記

2週間ほどで、無事に三姉妹は退院。

その後。

私が入院することになり、三姉妹は義母さんのお家へ。

またご迷惑をおかけすることになったのでした。

チーン。